社会的絆理論

社会的絆理論

ハーシ, T.が提唱した社会的絆理論とは、人が犯罪や非行に走らないのは、身近な人たちや社会との結びつきがあるからだと考える理論です。

逆に言えば、個人と社会を結びつける社会的な絆が弱いと、人は犯罪や非行に至ってしまう可能性が高いとこの理論では考えられています。

社会的な絆は、愛着、コミットメント(投資)、巻き込み、規範の4つから構成されています。

この理論における愛着とは、家族や仲間、学校、コミュニティなど、親しみやつながりを感じる相手や集団の期待に応え、裏切らないようにする心情的な結びつきのことです。

コミットメント(投資)は、社会で承認されている目標を達成するために時間とエネルギーを費やそうとする試みや、そのようにして築き上げてきたものを失うリスクを考慮する、意識レベルの絆です。

巻き込みとは、日常生活や日々の活動に打ち込み、合法的な社会活動に積極的に関与していることを指します。
日々多忙な生活を送っているほど、犯罪や非行に関わる時間も余裕もなくなるわけです。

規範とは、法を正当なものと考え、法律や社会の考えに基づいて善悪を判断することや、ルールに違反しないように自己規制すべきだといった信念を持つことです。

社会的絆理論の関連キーワード

  1. 愛着
  2. コミットメント(投資)
  3. 巻き込み
  4. 規範
  5. 統制理論
  6. 漂流理論
  7. 中和の技術
  8. 分化的接触理論

社会的絆理論の補足ポイント

犯罪心理学において、社会的または心理的な統制力が弱まると、人は犯罪や非行を起こすと考える学説を統制理論とよび、これには社会的絆理論の他に、漂流理論などが含まれています。

マッツァ, D.が提唱した漂流理論では、非行少年は合法的な文化と非合法的な文化の間を行き来して、あたかも漂流しているような状態にあると考えます。

少年たちは漂流して、一時的に非合法的な文化に迷い込むことはあっても、そのまま成人して必然的に犯罪者になるというわけではなく、いずれは合法的な文化に戻る少年たちも多いものです。

漂流している少年たちは、中和の技術というものを用いて自分の行為を正当化します。
中和の技術は非行による罪悪感を軽減するため、非行に対する心理的抵抗を弱める役割を持ちます。
その一方で、中和の技術は、非行少年が完全に非合法的な文化に入り込んでしまうことを防ぐ役割も持つため、最終的に合法的な文化に戻る可能性を保つ側面もあります。

 
上記以外にも、犯罪や非行に関して個人と社会の相互作用を重視した理論に、分化的接触理論があります。

サザーランド, E. H.が提唱した分化的接触理論では、犯罪行動は生まれつきの要因によって生じるのではなく、非合法的な価値観を持つ集団やコミュニティなどとの交流を通じて、学習によって生じると考えられています。

分化的接触理論の「分化」は、法の遵守を支持する定義と、違法を正当化する定義が、親密な社会集団内に共存することを指しています。
ここでの「定義」とは、法や犯罪に対する価値観や態度のことです。

また、これらの定義に接触する頻度・期間・優先性・強度などは人によって異なりますが、非合法的な定義への接触が増えるほど、法への違反を支持したり正当化したりする価値観や態度、犯罪技術などが身につきやすくなると考えられています。
そして、違法を正当化する定義が、法を遵守する定義よりも量的に優位になると、犯罪行動が生じると考えます。

 
社会的絆理論、漂流理論、そして分化的接触理論は、犯罪行動を個人の特性だけではなく、周囲の環境や人間関係との相互作用から説明し、社会的規範への同調や逸脱の過程を分析するという共通点があります。

そして、漂流理論や分化的接触理論は、従来の犯罪心理学の理論と同様に「なぜ人は犯罪や非行をするのか」という視点から考察されていますが、社会的絆理論は、「なぜ人は犯罪や非行をしないのか」という視点に立つ点で、他の理論と異なる特徴を持っています。

MEMO

社会的絆理論では、人と人との結びつきが犯罪行動の抑制に重要であると考えます。
ただし、単純に「人同士の関わりが大事である」といったことを述べているわけではありません。

この理論では、人は愛着のように、「親しい人を悲しませたり、傷つけたりしないために悪いことはしない」といった対人関係や感情に関する側面も考慮しています。

それだけではなく、コミットメント(投資)のように、「築いてきた地位や将来への投資を失うリスクを避けるために悪いことはしない」など、合法的社会への関与が自然と犯罪・非行を抑制する側面も含めて、多面的に犯罪・非行を捉えています。