補助仮説の定義
科学的な研究を行う際には、まず過去の研究を踏まえて研究の目的と仮説を設定します。
そして、仮説を検討するために、データ収集の手続きを決めます。
しかし、妥当性に欠ける手続きで得られたデータをいくら検討しても、研究仮説が適切かどうかを判断することはできません。
そのため、仮説について判断するためには、研究手続きが、検討したい内容に適切に対応しているという前提が必要であり、この前提のことを補助仮説と言います。
例を挙げて見ていきましょう。
大人が人形を叩くシーンが含まれる映像を子どもに見せて、その後に子どもの暴力的行動が増えるかどうかを調べた有名な心理学の実験があります。
これは、元々はモデリングに関する実験ですが、仮に研究仮説が「暴力映像を見ると人への暴力が増える」であり、「人形を叩くことが暴力である」という補助仮説を設けたとします。
しかし、上記の映像を見た子どもは、人形を叩く回数は増えても、同じように人を叩くことはなかったとしたら、補助仮説は適切ではない可能性があります。
もし検討対象が、音量などの物理的に測定可能なものであるならば、補助仮説をあえて示す必要はありません。
しかし、心理学で扱うような抽象的な構成概念を研究する場合は、補助仮説が適切であることを示す必要があるのです。
構成概念とは、心理学では知能や自尊心などを指します。
知能であれば頭の回転の速さ、記憶力などのさまざまな要素をまとめて理論的に構成され、ひとまとまりの意味を表すものです。
1つの概念を調べるための手続きは複数存在する場合があり、また1つの手続きが複数の概念に関連する場合があります。
検討したい概念と、それを調べる手続きが1対1で対応していれば話は簡単ですが、実際にはそうではないことが多いものです。
そのため、研究で用いる手続きが検討したい概念だけを表すように、研究者は手続きを工夫しなくてはなりません。この作業を純化と言います。
純化が必要になるのは2つのパターンがあります。
1つ目は手続き自体が洗練されていない場合です。
サクラを雇って実験を行う場合、サクラの振る舞いが一貫していないと、実験結果に影響が出てしまう可能性があります。
それを回避するためには、サクラの訓練期間を十分に設けるといった工夫が考えられます。
2つ目は手続きが多重意味を持つ場合です。
例えば、会話中のアイコンタクトの多さは、コミュニケーション能力の指標となるかもしれません。
それ以外にも、アイコンタクトは礼儀正しさや、もしかすると不安の強さを意味する可能性もあります。
そう考えると、アイコンタクトが多ければコミュニケーション能力が高いと安易に判断できません。
他の手続きを組み合わせるなどして、その研究にとって余分な意味合いを排除して手続きを純化する必要があります。
補助仮説の関連キーワード
- 構成概念
- 純化
- 多重意味
- 多重操作
補助仮説の補足ポイント
手続き自体を洗練させ、多重意味の影響が少なくなるように工夫を重ねても、純化を完璧に行うことは困難です。
検討したい概念を適切に扱っていることを保証するためのさらなる工夫としては、多重操作があります。
これは、検討したい概念と関連する複数の手続きを組み合わせる方法です。
例えば、自己効力感が高いと愛他的行動が多いという仮説を検討したいとします。
自己効力感に関連する要素として、「良好な成績」と、「友人の多さ」があるとします。
「良好な成績」は、自己効力感以外に「知能」とも関連しそうですし、「友人の多さ」は自己効力感以外に「コミュニケーション能力」や「外向性」とも関連しそうです。
そして、ある研究では(自己効力感や知能と関連する)「良好な成績」と愛他的行動の多さに関連があるという結果が得られました。
別のある研究では「良好な成績」に加えて、(自己効力感やコミュニケーション能力、外向性と関連する)「友人の多さ」も愛他的行動の多さと関連があったという結果が得られたとします。
このとき、当初の仮説をより強く支持するのは、後者の研究です。
これは、後者の研究では「良好な成績」と「友人の多さ」とに共通する要素として自己効力感があり、知能やコミュニケーション能力、外向性よりも、自己効力感が愛他的行動の増加に関連している可能性が高いと考えられます。
ただし、後者の研究の方が、当初の仮説をより強く支持すると考える根拠として最も重要なのは、自己効力感に関する項目と愛他的行動との関連性が二重で示されたからではありません。
「良好な成績」と「友人の多さ」との間で多重意味を共有しない「知能」などの要素が、愛他的行動に影響を及ぼしている可能性は低いということが二重に示唆され、その意味において自己効力感が愛他的行動と関連していると主張することができます。
少し遠回りした考え方のようですが、完璧な純化が難しい心理学の研究を行う際は、こうしたさまざまな工夫が必要になります。
調べたい構成概念を、それを計測する手続きによって定義することを操作的定義と言います。
操作的定義という言葉は、物理学者のブリッジマンが物理の研究のために用いたものでした。
心理学の例を挙げると、知能は知能検査の得点が示すと決めることが、操作的定義です。
その他には、母親の姿が見えなくなったときに子どもが泣いた場合、母親との愛着関係が成立していると定義するなどの例が挙げられます。
操作的定義を行うと、研究対象を分かりやすくすることができますが、適切な定義を行うこと自体が難しい場合が多いといった問題も指摘されています。