自伝的記憶の定義
自伝的記憶とは、人がそれまでに経験した出来事に関する記憶のことです。
自伝的記憶はエピソード記憶の一種であり、過去の記憶の中でもその人にとって特に重要な意味を持ち、自分自身のアイデンティティを形作るような記憶のことを指します。
記憶の想起のしやすさは年齢によって異なると言われています。
3歳以前の記憶を覚えている割合は一般的に低いとされており、これは幼児期健忘と呼ばれます。
幼児期健忘が生じる理由としては、海馬も含めて脳の記憶機能がまだ成熟していないこと、言語発達や自己に関する概念の発達が未熟であり、出来事を適切に記憶するのが難しいことなどが挙げられています。
逆に最近の出来事や、アイデンティティの形成期に相当する青年期から成人前期の記憶は比較的想起しやすい(レミニッセンスバンプ)と言われています。
自伝的記憶の関連キーワード
- エピソード記憶
- 幼児期健忘
- レミニッセンスバンプ
- 再構成的想起
- プルースト現象
自伝的記憶の補足ポイント
自伝的記憶の想起には特徴があり、過去の出来事をそのまま、いつでも同じように想起するわけではありません。
記憶を想起する状況やタイミングなどによって、思い出す内容や記憶に付随するイメージは異なってきます。
例えば、小さい頃ピアノの練習がとても嫌いだったという記憶があったとしても、さらに年齢を重ねてから思い出すと、練習を続けることで忍耐力がついた、音感が養われたなどの良い面を思い出すように変化することがあります。
これは自分の思い出をその時々に応じて意味づけし、組み立て直していることを意味しているため、自伝的記憶は再構成的想起という性質を持っていると言われます。
このピアノの例では「いつ」思い出すかによって、内容の意味づけが変わることが示されていますが、過去の体験を「誰に」あるいは「何のために」話すかによっても、再構成のあり方が変わる可能性があります。
こうした意味づけの変化は、カウンセリングや心理療法の中でも見られます。
クライエントは過去の重要な出来事について繰り返し語ることが多いものですが、少しずつ心の中を整理していくにつれて、初めのころは否定的にしか捉えられなかった体験について肯定的な捉え方もできるようになってゆきます。
そうして自分の体験について再構成していくとともに、少しずつ症状も収まっていくということがあります。
ちなみに、見覚えのある景色などを見て昔のことを思い出すなど、何かがきっかけとなって記憶が想起される体験をしたことがある人もいるでしょう。
特に匂いが手がかりとなって想起されることをプルースト現象といいます。
これはマルセル・プルーストの小説の中で、マドレーヌを口にしたことから幼少期の記憶がよみがえったというエピソードから名づけられたものです。
個人的に重大な出来事や、歴史的な重大事件を見聞きしたときの状況に関する記憶をフラッシュバルブ記憶と言います。
上記のような出来事を経験してから長い時間が経過しても、そのとき自分がどこにいて、どのようにその出来事を知り、知ってからどう行動したかといったことを、写真に撮ったように鮮明に思い出すことができる記憶です。
思い出している本人は、その記憶について常に確信を持って語ることが多いのですが、出来事の発生から翌日に想起した内容と、2年半後に想起した内容とを比べてみると、語った内容が大きく変わっていたという調査結果があります。
印象的な出来事をとても鮮明に思い出せるとしても、その記憶が絶対に正しいというわけではないようです。