ポジティブ心理学の定義
ポジティブ心理学とは、人間の「強さ」や「成長の可能性」に注目し、よりよく生きるためにはどのような心理的要因が働いているのかを、科学的に明らかにしようとする心理学の一分野です。
従来の心理学が主に病理モデルに基づいて、心の不調や障害の診断・治療を目的としてきたのに対し、ポジティブ心理学は「人が幸福に生きるにはどうすればよいのか」という問いに真っ向から取り組みます。
この分野の出発点となったのは、セリグマン, M. E. P.による学習性無力感の研究です。彼は、電気ショックを用いた動物実験を通じて、次のような現象を観察しました。
犬を逃げられない状態にして電気ショックに繰り返しさらすと、後にショックを回避できる状況になっても、その犬はただうずくまり、何の行動も起こさなくなったのです。
これは、「どうせ何をしても無駄だ」といった無力感を学習してしまった結果と解釈され、人間のうつ状態とも深く関連づけられるようになりました。
しかしセリグマンは、その研究を進める中で、「すべての犬が無力感に陥るわけではない」「同じ状況でも立ち直る個体がいる」ことにも注目します。
この発見が、「苦しみをどう予防するか」、「困難の中で人はどうすれば前向きに生きられるのか」という新しい問いを導き出し、やがて新領域となるポジティブ心理学の創出へとつながっていきました。
こうした視点の転換が、単に不調を治すだけでなく、よりよく生きるための心理的資源を育むことを目的とするポジティブ心理学の基礎となっています。
ポジティブ心理学の関連キーワード
- 病理モデル
- セリグマン, M. E. P.
- 学習性無力感
- PERMAモデル
- レジリエンス
- ストレングス
ポジティブ心理学の補足ポイント
ポジティブ心理学は、「人はどのようにすれば幸福で、意味のある人生を歩むことができるのか」という問いに対して、科学的根拠に基づいた明快な理論と実践を提供します。
その中心的な枠組みであるPERMAモデルは、人生の充実を構成する5つの要素(ポジティブ感情、没頭、人間関係、意味、達成)を提示しましたが、これは単なる分類にとどまりません。これらの要素は、互いに影響し合いながら、私たちの主観的幸福感やウェルビーイングを豊かにしていく、実に動的な構造なのです。
P(Positive Emotion):希望、感謝、喜びなどのポジティブ感情
E(Engagement):フロー体験など、活動への深い没頭
R(Relationships):信頼できる人間関係や社会的つながり
M(Meaning):自分の行動に価値や意味を見出すこと
A(Accomplishment):目標達成や自己成長の実感
こうした理論的基盤の上で、ポジティブ心理学が特に重視しているのが、困難に立ち向かう力であるレジリエンスです。
レジリエンスとは、ストレスや逆境、喪失などに直面しても、しなやかに立ち直り、場合によってはそれを成長の糧とする力を指します。
そしてこの力は、PERMAの各構成要素と密接に連携して機能していると考えられています。
例えば、落ち込んだときにそばにいてくれる人がいることは、人間関係(Relationships)の支えがあることを意味し、レジリエンスの源になります。
また、失敗や喪失の経験を「何のためにこの困難をくぐり抜けるのか」と問い直すことは、人生の意味(Meaning)の再構築につながり、苦しみの中に希望の灯を見出す契機となるでしょう。
そして、小さくても何かをやり遂げた実感が得られれば、達成(Accomplishment)の体験が自己効力感の回復をもたらし、再挑戦への活力となっていきます。
このように、レジリエンスは逆境に耐える力というよりも、PERMAモデルを下支えし、人生を再構成するための心理的柔軟性と見ることができるのです。
こうした考え方は、単なる理想論ではなく、臨床・教育・キャリア支援といった実践の現場で具体的に生かされています。
例えば学校教育では、子どもたちの強みに注目し、それを引き出す指導によって、学習意欲やクラスの雰囲気が改善されることが報告されています。
生徒が自分の得意なことを自覚し、それを生かせる場面を持つことで、自己肯定感などが育まれやすくなります。
さらに、日々の中で感謝の気持ちを書き出す「感謝日記」や、自分が時間を忘れて没頭できる活動(フロー体験)に触れる機会を設けることで、ポジティブ感情や没頭感といったPERMAの要素を自然に促進することが可能です。
心理臨床の領域では、うつやトラウマに苦しむ人に対して、ポジティブ心理学の視点から「苦しみを軽減するだけでなく、どうすれば生きがいを取り戻せるか」という方向性で関わる取り組みが増えています。
例えば、感謝の手紙を書く、過去の成功体験を振り返る、日常の中の「よかったこと」を3つ書き出すといったシンプルな課題が、ポジティブ感情や意味づけの回復に効果を示すことが示唆されています。
また、キャリア支援においても、VIA(Values in Action)と呼ばれるストレングス調査を活用して、個人の強みを可視化することで、単なる能力適合ではなく、「自分らしい働き方」や「やりがいのある生き方」を見出す支援が行われています。
これは、PERMAモデルにおける意味や達成の構築を職業生活の中で実現するアプローチであり、仕事を通じて人生を豊かにするという視点に立った支援と言えるでしょう。
このように、ポジティブ心理学は単に「前向きでいよう」といった気休めのスローガンではなく、人が苦しみの中でも尊厳を持って生き、再び自分の人生をつかみ取るための科学的かつ実践的な知恵の体系なのです。
ポジティブ心理学は、苦しみや問題を取り除くだけでなく、人が自分らしく生き、成長し続けるための心理的資源を育てることを重視するアプローチです。
その中心には、「人は困難の中でも意味を見出し、希望を持ち、再び歩き出す力を持っている」という、人間の可能性への信頼があります。
PERMAモデルやストレングス、レジリエンスなどの概念は、その力を引き出すための枠組みや道しるべとなります。
「問題がないこと=健康」ではなく、「充実していること=健康」という新しい視点は、予防や教育、カウンセリング、キャリア支援など多くの分野で応用され始めています。
ポジティブ心理学は、支援者自身の在り方にも問いを投げかける、未来志向の心理学なのです。



















