対象関係論

対象関係論

対象関係論の定義

対象関係論とは精神分析の考え方に基づいて、自我と対象との関係のあり方に特に注目して人間の心を捉えようとした理論です。

フロイト, S.が創始した精神分析と、その理論を引き継いだ自我心理学は、イド(エス)、自我、超自我のうち、特に自我の重要性を強調しています。

フロイト自身の理論や自我心理学においても対象や対象関係に関する考察はなされていましたが、クライン, M.らのように自我と対象との関係性に特に注目する人たちが現れ、徐々に対象関係に関する理論が整えられていきました。

 
クラインは乳幼児への臨床実践で鋭い洞察力を発揮して、子どもの内的世界の発達や原始的防衛機制について考察し、人の発達における早期の対象関係の重要性を論じました。

クラインの理論を批判的に検討しながら発展させたフェアベーン, W. R. D.は、自我は本来、対象希求的なものであるという考え方に立脚しつつ、対象関係についてさらに考察を深め、「対象関係論」という言葉を明確に用いて理論を確立しました。

その後、ウィニコット, D. W.といった人たちがクラインらの理論を検討しながら、独自の観点も交えて対象関係論を発展させていきます。

 
対象関係に関する考察は、人のパーソナリティの発達を理解することに大きく貢献しました。

自我心理学と対象関係論の統合を試みたカーンバーグ, O.は、パーソナリティの構造や類型についての考えを体系的に整理しました。
その知見はパーソナリティ症の概念や治療法を検討する上での基盤の1つとなり、現代の精神医学にも影響を及ぼしています。

対象関係論の関連キーワード

  1. 対象
  2. クライン, M.
  3. 良い対象
  4. 悪い対象
  5. 部分対象
  6. 全体対象
  7. 妄想分裂ポジション
  8. 抑うつポジション
  9. 原始的防衛機制
  10. 分裂
  11. 投影性同一視

対象関係論の補足ポイント

乳児は初めのうちは自己と他者との区別がつかず、この時期の対象関係は自己愛的対象関係とよばれます。
母親という存在がいることは理解していてもまだ断片的にしか認識できず、お腹が空いた時に栄養を与えてくれる良い対象(母親)と、泣いているのにすぐ空腹を満たしてくれない悪い対象(母親)は別者だと考えています。

このような部分対象関係の世界では、乳児は良い母親を素晴らしい対象と見なして理想化する一方、悪い母親は自分を迫害する対象と見なして攻撃性を向けます。

発達につれてこのような部分対象関係は次第に統合され、良い母親も悪い母親も実は同じ一人の母親だったと気づき、次第に全体対象関係へと進むのです。
そして、自分が敵意を向けていた相手と自分に愛情を注いでくれていた対象が同じだったと気づくと、抑うつ不安、罪悪感、見捨てられ不安といったより複雑な感情が生じるようになります。

 
クラインはポジションという考え方を提示して、人の対象関係が揺れ動くあり方を説明しています。
フロイトの心理性的発達理論に見られるような発達段階は、順番に1つずつ階段を昇るように、基本的には一方向に進んでいくことが想定されていますが、ポジションはライフサイクルのさまざまな局面で行き来するものと見なされています。

上記のような部分対象関係が優勢で対象を分裂させて捉える状態は妄想分裂ポジションとよばれ、全体対象関係が形成されて抑うつ不安を感じられるようになった状態は抑うつポジションとよばれます。

妄想分裂ポジションでは、分裂や投影性同一視などの原始的防衛機制が活発に用いられます。
1つの対象を良い母親と悪い母親というように別の存在と見なすなど、対象や自我を切り離す原始的防衛機制が分裂です。

例えば、ある友人に対して「あの人は本当に素晴らしい」といつも称賛していたのに、その人が気に入らないことをした途端、「完全に失望した。あの人は最低だ」と急激に価値下げをする人の心の中では、対象関係の分裂が生じている可能性があります。

成熟した大人であっても自分の中にある悪い部分はあまり認めたくないものです。
しかし、否定的な部分を自分とはまったく関係のないものとして自我から切り離すとなると、それはかなり未熟な心の働きであり、自我の分裂が起きていると言えるでしょう。

分裂して切り捨てた自分の嫌な部分を他者に投影し、自分ではなく他者が持っていると見なして、さらに相手の行動を操作するような機制を投影性同一視といいます。

MEMO

原始的防衛機制は人が自分の心を守るための非常に未熟な段階での心の働きであり、幼いうちはこうした機制に頼らざるを得ませんが、多くの人は発達に伴ってより成熟した防衛機制を使えるようになります。

しかし、ライフサイクルの中で危機に直面したりすると、一時的にではあっても妄想分裂ポジションに戻り、原始的防衛機制が優勢な状態となることはあり得ます。

パーソナリティ症を有する人は、普段は抑うつポジションにあって日常生活を何事もなく送ることができますが、ふとした出来事から敏感に影響を受け、妄想分裂ポジションの状態に陥りやすいと考えられます。

そのようなクライエントとの心理療法では、他者や自身の行動を、その背景にある感情や認知などの心理状態と関連づけて客観的に理解することを促すメンタライゼーションが有効と言われています。