多元的無知

多元的無知

多元的無知の定義

多元的無知とは社会心理学者のオルポート,F.H.が使用した言葉です。

これは集団内で取られるある行動について、自分は賛成していないにもかかわらず「きっと他の人たちはそうした行動に賛成しているのだろう」と、その集団内の多くの人が思い込む状態を表します。

 
例えば、大きな災害があり、飲み会やお花見などを一切自粛しようというムードが国全体に拡がっている時、自分自身は「ちょっとやり過ぎで、過剰反応ではないか」と反対意見を持ったとしても、「きっと周りの人は自粛するのが当然だと考え納得しているに違いない」と思い込むような場合が当てはまります。

そこで、ちょっと本音を話してみようということになれば、実はみんなが「自粛ムードが過剰すぎる」と思っていると判明するということも往々にしてあります。

 
寓話の裸の王様では、王様は服を着ていないと誰しもが思いながら、「他のみんなには服が見えているのだろう」と思い込み、自分の考えが言えなくなってしまう姿が描かれています。
これはまさに、多元的無知が生じている状況だと考えられます。

多元的無知の関連キーワード

  1. オルポート,F.H.
  2. 認知的不協和
  3. 傍観者効果

多元的無知の補足ポイント

大学生を対象としたある調査では、入学したばかりの学生は、自分はそれほど飲み会が好きではないとしても、周りの人は飲み会が好きなのだろうと考え、これが誤った推測であったとしても、飲み会に積極的に参加したりすることが多いという結果が得られたそうです。

しかし、本来はそれほど好きではない飲み会に、付き合いで参加し続けるのは認知的不協和が生じるため、次第に自分は飲み会が好きなのだと認知を修正し、その違和感を解消する傾向も見られたとのことです。

日本人は、本当は周りにとらわれず独立した振る舞いをしたいと考えているにもかかわらず、そのように振舞うと周囲に嫌われるだろうと予測して、周囲に合わせた振る舞いをしがちであると言われています。

しかし、上記の大学生の飲み会の調査は海外で行われたものであり、周囲の様子をうかがい、仲間外れになったり、一人だけ違う行動をしたりしないようにする傾向は、国を問わず見られるものなのかもしれません。

 
世界中に影響を及ぼしてきたコロナウイルスとの関連でも多元的無知の例を見ることができます。
コロナウイルスをめぐって物資の売り切れが生じていましたが、これは全世界規模で生じており、やはり多元的無知は日本に限らずどの国でも生じ得るようです。

非常事態の中で多元的無知が生じると、かつてのオイルショックの時のように、自分はそこまで必要性を感じていないけれど、周りの人はトイレットペーパーを買っておく必要があると考えているといった推測が多くの人に生じます。
そうなると、馬鹿らしいと思いながらも、自分もトイレットペーパーを購入し出すということが起こります。

最初は半信半疑であっても、次第に自分が必要と考えているからトイレットペーパーを購入するという風に認知が変わることもあり、そうなるとトイレットペーパーの売り切れにさらに拍車がかかります。

 
トイレットペーパーの買い占めはデマによる情報拡散が原因と言われていますが、マスクが売り切れる状態も多元的無知が働いていると言えるでしょう。

必要最低限のマスクを買えば十分だと思っていても、他の人は多めにマスクを購入しておくべきだと考えていると推測して多元的無知が生じ得ます。

すると自分も多めにマスクを買うべきだと考えが変わったり、他の人に買われる前に買っておかないと自分が困ると考えたりして、結果的にみんながマスクを買うという行動につながり、品薄状況が誘発されます。

MEMO

多元的無知は、傍観者効果が生じる理由の1つともされています。
多くの人が行き交う道路で事故が起きた時に、誰も救急車を呼ぼうとしないという状況が生じたとします。
この時、行動を起こさない人たちそれぞれが、本当に救急車まで呼ぶ必要があるか確信が持てず、大騒ぎをしたのに実は大したことがなかったら恥をかくと思って行動を起こさないでいると、誰も行動を起こさないのでやはり大した事故ではないのだろうとその場の全員が解釈し出すということが起こる場合があります。