アドラー,A.

アドラー,A.

アドラー,A.について

アドラー,A.(アルフレッド・アドラー)はウィーン郊外で生まれ、後に個人心理学を創始した精神科医です。

父親がユダヤ人であったこともあり、1920年代以降の晩年にはアメリカに活動の拠点を移しました。

アドラーは1895年にウィーン大学医学部を卒業し、初めは眼科医となりますが、間もなく低所得者層を対象とした総合診療を行うようになりました。

その臨床実践の中、サーカス団員といった患者を診察するうちに、今では素晴らしい身体能力を示していても昔は身体が弱かった人もいることに気づきます。

そうした経験から、人は短所があるとしても、それを克服しようとする何らかの力を発揮することができるものだと考えるようになります。

アドラー自身も小さい頃はくる病に苦しんだ時期があり、彼が医師を目指したきっかけの1つにその経験があったようです。
こうした気づきが、後の劣等感・優越感などのコンプレックスの研究につながっていきます。

 
1900年代に入ると、アドラーはフロイト,S.の研究会に参加するようになり、フロイトの愛弟子の一人となり、ウィーン精神分析協会の会長も務めます。

また、同じくフロイトの愛弟子の一人であったユング,C.G.と共に国際精神分析協会の創設にも尽力しました。

しかし学問上の考え方の違いから、1911年にアドラーはフロイトと決別することとなり、1912年に個人心理学協会を創設します。

アドラーの理論では、人は劣等感を補償するために、より強くなろうとする傾向を持つと考えられています。
この考えに基づき、アドラーの行う心理療法では、治療に訪れたクライエントがどのような劣等感を持っているのか、その原因は何かを検討し、問題解決に向けた目標設定をします。

アドラー,A.の関連キーワード

  1. 個人心理学
  2. 劣等感・優越感
  3. コンプレックス
  4. ライフスタイル
  5. 児童相談

アドラー,A.の補足ポイント

こうしたアドラーの方法論はフロイトらの深層心理学的アプローチとは異なり、どちらかというと人間性心理学のアプローチに近いと言えるでしょう。

アドラーは人のパーソナリティ、問題への対処の仕方、価値観や理想像などを含むものとしてライフスタイルという概念を用いました。

ライフスタイルは生まれた時から少しずつ形成され、生涯にわたって修正しながら作り上げられるものです。

ライフスタイルをどう形成していくかは、遺伝や環境が影響を及ぼすものの、最終的には本人が決定するものと考えました。

自分の生き方は、自分自身が決めるものという考え方がアドラーの心理学の根底にあるようです。

MEMO

その後、アドラーは育児・教育分野に大きな関心を向けるようになり、児童相談クリニックを開設するほか、ウィーン市に働きかけて児童相談の受け入れ体制を整備しました。
そこでは問題を抱える児童だけではなく、その両親や教員も対象とし、現在の教育相談の役割を担っていたようです。
そのため、アドラーはコミュニティ心理学の先駆者と言われることもあります。