分離・個体化理論

分離・個体化理論

分離・個体化理論の定義

分離・個体化理論とは、小児科医であるマーラー, M.S.によって提唱された、生後5ヶ月から3歳までの乳幼児の精神発達に関する理論です。

マーラーは、新生児が母親との共生状態、つまり母子一体で自他の区別のつかない状態から、いかにして自己と他者を区別しその精神内界に自己像と他者像を分化させていくか、ということに研究の主題を置きました。

そして、精神分析的な観点に基づき、乳幼児と環境、つまり母との相互的な関わりについて直接観察法を用いて研究を行い、その発達過程についての理論を構築したのです。

マーラーは、乳幼児の発達段階を正常な自閉期(0~1ヶ月)、正常な共生期(2~5ヶ月)、分離・個体化期(5~36ヶ月)に大別し、さらに分離・個体化期を分化期練習期再接近期対象恒常性の萌芽期(個体化の確立・情緒的対象恒常性)の4つの下位段階に分けました。

以下に、正常な自閉期と正常な共生期について簡単に説明した後、分離・個体化期の各段階の特徴について詳述します。

 
0~生後1ヶ月に当たる正常な自閉期では、乳児は母親との一体感の中で生存しており、自分の内部と外部や自己と他者との識別がない世界に生きています。
つまり、母親の胎内の延長線上のような状態です。

次に生後2ヶ月~5ヶ月に当たる正常な共生期では、乳児は空腹や苦痛などの緊張を生じる事態に対し、それらが外から来るものか、自己の内部から生じるものかについての区別が漠然とついてきて、母親とは1つの共通の境界を持つ共生状態となります。
この時期には、乳児は母親と2人で1個体であるという幻想を抱いています。
この時期を経た後、乳児は以下に述べるような分離・個体化の過程に進んでいきます。

 
まず生後5ヶ月~9ヶ月にあたる分化期は、神経系統や筋力の発達により、母親への身体的依存が弱まる時期です。
この時期には首が据わることで、周りを見渡し、目や手、口を使って周囲を探索することができるようになります。
こうした探索の中で、乳児は母親と母親でないものを識別するようになり、母親というものが特定の対象として認識できるようになると、人見知り不安を生ずるようになります。

 
生後9ヶ月~14ヶ月頃にあたる練習期は乳児の身体が飛躍的に発達する時期です。
独立歩行が達成されるまでを早期練習期、それ以降を固有の練習期として分けることができます。
乳児は母親の足元を離れて世界を探索できる力を手に入れますが、探索が終わると母の元へ戻り、母親があたかもエネルギーを補給する安全基地のような機能を果たします。
この時期は常に母親の存在を基盤としつつ能動的に外界へ関わることを繰り返し、内界に自己像が分化し始めると共に、依存対象としての母親が形成され始めます。

 
再接近期は、生後14ヶ月~2歳頃にあたります。幼児の身体発達がますます進み、母親から自由に離れることができるようになりますが、こうした物理的な分離と心理的な分離の発達のずれにより、分離不安が強く生じます。
幼児は自律的に振る舞いたい気持ちと、母との密な関係に戻りたいという両方の気持ちを抱き、万能感の喪失や母に見捨てられるという不安に駆られます。
そして、こうした危機的状況に母親が情緒的に応答することで、安定した自己像と他者像の分化が進み、内界と外界の区別がなされていきます。

 
最後の対象恒常性の萌芽期は、個体化期とも呼ばれます。

2歳~3歳頃の時期にあたり、言語能力の獲得や現実検討力の発達が進みます。
精神内界においては、自己と対象の区別がしっかりとつき、自我境界が確立されます。
そして、依存対象としての母親イメージがこころの中に永続的に保有できるようになることで、母親が不在であっても、情緒的に安定していられることができるようになります。

言い換えると、こころの中に対象が恒常的に保持されるということです。こうして、乳幼児は母との分離を果たし、対象恒常性を内界に確立することとなるのです。

分離・個体化理論の関連キーワード

  1. マーラー, M.S.
  2. 自己像と他者像
  3. 人見知り不安
  4. 分離不安
  5. 対象恒常性

分離・個体化理論の補足ポイント

分離・個体化理論は、その後の精神病理の研究に様々な影響を与えています。
例えば、カーンバーグ, O.F.の境界例の理論や、マスターソン, J.F.による見捨てられ抑うつの概念では、分離・個体化過程の再接近期における母親の情緒応答性がパーソナリティ障害の人格構造に関連しているとしています。

この理論は、精神分析的な観点をその基礎においているということもあり、単なる子どもの発達理論という観点だけでなく、広く精神病理の理解に役立てられる理論と言えるでしょう。

MEMO

分離・個体化理論は、基本的には乳幼児の精神内界に関する理論ですが、その理論を深く理解するためには、乳幼児の身体的発達の基礎も理解していることが大切です。

寝返りや首のすわり、はいはい、つかまり立ちや独立歩行、言語の発達が一般的にどの時期にあたるのかを押さえておくことで、上記の各段階の様相をより具体的に理解できるようになるでしょう。