社会的参照の定義
社会的参照とは、乳幼児が新奇な場面や曖昧な場面に遭遇し、自分だけではどのように反応すればよいか判断することが難しいときに、養育者など周囲の人の表情や声、態度などの情動的な情報を手がかりとして、その状況を評価し、自分の行動を調整することです。
例えば、乳児が初めて見るおもちゃを目の前にしたとき、それが安全なものなのか危険なものなのか、自分だけでは判断できないことがあります。
そのようなとき、乳児は母親などの養育者の表情を確認し、養育者が笑顔を見せていればおもちゃに近づき、不安そうな表情をしていれば近づくことをやめるといった行動をとることがあります。
このように、他者が示す情動的な反応を参照して、曖昧な状況をどのように捉えるかを判断し、自分の行動を決定していくことが社会的参照の特徴です。
社会的参照は乳児期後半からみられるようになり、1歳前後になると、養育者の表情などの情動的な情報を利用して行動を調整することが明確になってきます。
なお、社会的参照が生じるのは、状況が曖昧で自分だけでは判断しにくいときであり、状況が明確なときには起こりにくいとされています。
社会的参照の関連キーワード
- 共同注意
- 三項関係
- 視覚的断崖
社会的参照の補足ポイント
社会的参照について理解する上で重要なのが、共同注意との違いです。
共同注意とは、自分と他者が同じ対象に注意を向け、その対象についての認識や感情などを共有することをいいます。
例えば、母親が犬を指差し、乳児もその犬を見るという場面では、「自分―母親―犬」という三項関係が成立しています。
一方、社会的参照では、単に他者と同じ対象を見るだけではなく、その対象に対して他者が示している情動的な反応を手がかりとして、自分の状況判断や行動を調整するところに特徴があります。
例えば、見慣れない犬を見た乳児が母親の顔を確認し、母親が笑顔であれば犬に近づき、母親が怖そうな表情をしていれば近づくのをやめるといった行動が社会的参照にあたります。
社会的参照も共同注意と同様に、「自己―他者―対象」という三項関係を基盤とする社会的認知の発達として捉えることができます。
また、社会的参照は情動伝染とも区別されます。
情動伝染とは、他者の情動に引きずられて自分も同じ情動状態になることをいいます。
これに対して社会的参照では、他者の情動表出を「この状況をどう受け止めればよいか」を判断するための情報として利用し、その結果として自分の行動を調整します。
社会的参照に関する代表的な研究として、視覚的断崖を用いた実験があります。
視覚的断崖とは、ギブソン, E. J.とウォーク, R. D.(1960)が乳児などの奥行き知覚を調べるために考案した実験装置です。
透明なガラス板の下に模様を配置することで、一方は浅く、もう一方は崖のように深く見えるように作られています。
ソース, J. F.ら(1985)は、この視覚的断崖を利用して、1歳児が母親の表情をどのように利用するかを調べました。対象は12か月頃のハイハイをする乳児で、深く見える側の段差は約30cmに設定されました。この深さは、予備実験で乳児が縁で止まって母親の顔を見たことから、「渡るべきか迷う曖昧な状況」とされています。
実験では、乳児を浅い側に置き、深く見える側の向こうにいる母親が喜びや恐怖などの表情を示しました。その結果、母親が喜びの表情を示した場合には約7割(74%)の乳児が深く見える側を渡ったのに対して、恐怖の表情を示した場合には一人も渡りませんでした。
また、段差がない条件では、母親の表情にかかわらず多くの乳児が渡りました。このことは、乳児が母親の表情を参照するのは、判断に迷う曖昧な状況に置かれたときであることを示しています。
このように、1歳前後の乳児は、曖昧な状況に置かれたときに、養育者の表情から情動的な情報を得て、その情報を自分の行動を決めるための手がかりとして利用できることが示されています。
社会的参照は、日常の育児場面でもよくみられます。例えば、乳児が見慣れない来客に戸惑っているとき、養育者が穏やかな表情でその人と接している様子を見て、乳児が落ち着いて関われるようになることがあります。初めて訪れる場所や病院などでも、乳児は養育者の様子を確認し、その表情や声などを、その場をどう受け止めるかを判断するための手がかりとすることがあります。
一方で、養育者が緊張していると、その表情や声などが乳児にとって状況を判断するための情報となることもあります。ただし、これは養育者が不安を感じてはいけないという意味ではありません。乳児は養育者の表情や声を、状況を理解するための大切な情報源としているという発達的な特徴として理解するとよいでしょう。
社会的参照に関する説明として、最も適切なものを1つ選べ。
① 乳児が他者の感情を自分自身の感情として経験し、他者と同じ情動状態になる現象である。
② 乳児が養育者と同じ対象に注意を向け、その対象についての認識や感情を共有することである。
③ 乳児が新奇・曖昧な場面で、養育者の表情や声などの情動的な情報を手がかりに、自分の行動を調整することである。
④ 視覚的断崖を用いた実験では、母親が恐怖の表情を示した場合のほうが、喜びの表情を示した場合よりも多くの乳児が深く見える側を渡った。
⑤ 社会的参照は生後3か月頃から明確にみられるようになる。
【解答】
③
本問題では、社会的参照の基本的な概念と、視覚的断崖の実験結果、発達の時期について問われています。
③は正しい記述です。社会的参照とは、乳児が新奇な場面や曖昧な場面に遭遇したときに、養育者など他者の表情や声、態度といった情動的な情報を手がかりとして状況を評価し、自分の行動を調整することをいいます。表情や声などの非言語的な情報を利用するため、言語の獲得を待たずに乳児期からみられます。
①は誤りです。これは情動伝染の説明です。社会的参照では、他者の感情を自分自身の感情として経験するのではなく、他者が示す情動的な情報を自分の状況判断や行動の手がかりとして利用します。
②は誤りです。他者と同じ対象に注意を向け、その対象についての認識などを共有する現象は共同注意と呼ばれます。社会的参照では、他者が対象に対して示す情動的な反応を参照して、自分の行動を調整する点が重要です。
④は誤りです。視覚的断崖を用いたソースらの研究では、母親が喜びの表情を示した場合には多くの乳児が深く見える側を渡ったのに対し、恐怖の表情を示した場合には一人も渡りませんでした。選択肢の記述は結果が逆になっています。
⑤は誤りです。社会的参照は乳児期後半からみられるようになり、1歳前後になると、養育者など他者の情動的な情報を利用して行動を調整することが明確になってきます。



















